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ワーカーホリック時代

こんにちは。生きづらさからの回復講座などを担当している和美です。
今日は私の事を少しお話しようと思っています。

プロフィールにも書かれているように、私は外資系企業に22年勤務して早期定年退職してFosterの活動をしています。
企業に勤めながら、カウンセラーの資格を取得してカウンセリング活動もしていました。
主にインナーチャイルドを癒してアダルトチルドレンから回復を目指すアプローチを学びました。

なぜ、会社員だった私がカウンセリングを学び始めたのか。

私は数年前、企業で勤めていた時に完全なワーカーホリックの時代がありました。
ワーカーホリックって仕事依存の事ですね。
当時は大阪に在住して家庭も持っていました。 
にも拘わらず、全国を出張で飛び回り週3~4日はホテルで泊まってる生活。
自宅に帰宅するのも深夜近く。
当時は販売のマネジャー職で、部下のスタッフが200人ほどいて、店舗管理売や新店出店プロジェクトにイベントなど
会社から求められることをせっせとやっていたのです。

疲れたと云うどころか、反対にアドレナリンが出ているかのように、フル回転で頑張っている私。
それは、会社から必要とされている喜びや、大きなチームを引っ張ている優越感からのプライドがあったと思います。
休みになれば、いつでも仕事の連絡が入ってもいいようにスマホを片手に、
お昼からお酒を飲んで夕方には酔いつぶれる始末。 
学校から帰ってきた子供からは「また、酒飲んでるのか…」と呆れられる始末。
今、思えば自分の時間の使い方すら分からなかったのだと思います。

そんな中、激しい頭痛で倒れました。 『解離性動脈瘤』を発症していました。(脳の血管が腫れて破裂しかかってる病気)
そのまま入院…。
それでも、その頃はお酒が止めれず、病室の棚にお酒を隠して深夜の巡回が終わったのを見計らっては、
深夜病院のベットでお酒を飲んでいた私でした。
今から考えるとかなりヤバい人ですね。。苦笑

結局、職場復帰まで一年近くが掛かり、仕事に復帰した時には、
主治医から今までと同じ職務では命の保証がないと言われ、会社の産業医から職務を変わることを言われ
元のポジションに戻ることも出来ず、仕事で無理も出来ず、大して仕事のないポジションに飛ばされました。

その悔しさと絶望感で私のプライドはズタズタになりました。
今までは「自分が居なければ会社は回らない」とぐらいプライドを持ってがむしゃらに働いたのに、
こんなあり様なんですから…。 私は惨めで、ここから逃げだしたい気持ちでいっぱいでした。

自分の価値や生きていく軸をどれだけ仕事に依存していたのか…。 
会社は私などいなくても動いていくのに
その時は、会社のためとか、私がやらなくては…と責任を感じて働いていたけど、
それは、自分のすべてをかけて自己評価や自己価値を会社に求めていたように思います。

そこから、私は辛さから逃げるために全く違う道、心理学の道を探し始めました。
カウンセラーから、「あなたの気持ちを聞かせて」と言われると、気持ちが分からず考えを話します。
カウンセラーから、「考えではなくて気持ちは?」と、聞き返される…。

気持ちが分からない………。

私は自分の気持ちが分からない人になっていたのです。
愕然としました。 
でも、実は私がカウンセリングをしていても、気持ちの分からない方が多くいらっしゃいますね。

話は戻ります。 そして、そこから私が今までの生き方が、他者評価を得るために自己犠牲をしていたことや
自分の心の状態が分かっていなかったことに気づき、自分をケアし自分らしく生きるための学びが始まりました。

その後も会社で自分なりの心地よいポジションと業務を選択して、自分のための学びと活動と、
そして、仕事を続けてこれました。
少し、早めに定年を選択し、今は更に自分が好きな活動をするための時間を取っています。


皆さんの中にも、仕事が人生の90%を占めている方がいらっしゃるかも知れません。
仕事の責任、タイトルの責任は大切かも知れません。
しかし、自分の心や身体までも壊してしまっては何もなりませんよね。
会社はその責任を取ってくれません。

会社の評価は自己価値や自己肯定感や、満足感や達成感を与えてくれるかも知れません。
しかし、依存してしまってはそれらが反対の影響を与える要因になります。
自己否定感、不安感。未熟感など。

仕事も大切ですが、それはあくまでも自分の人生活の一部であって、
すべてではないと思えるといいなぁと思います。
自分の仕事がどれぐらい自分を占めているか。 自己評価の軸になってしまっているのか。
時々振り返ってみてくださいね。





  • この記事を書いた人
上谷 和美

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